わたしという乗り物

わたしがウニヒピリの庭に遊びに行くときの自分自身のイメージは若い頃の自分。
現在の自分の身体はまたまた勝手にイメージして作ったヒーリングカプセルみたいなものに入れているんですが、今日はウニヒピリと一緒にそれを見にいったんですよ。

老化した自分を眺めて、まず最初に醜いという言葉が浮かびました。
緩んだ身体、弛んだ肌、疲れた顔。。。
ああ、歳をとったなと悲しい気分になったので、ウニヒピリといっしょにその悲しさをクリーニングしました。

そうすると、わたしはこの身体という乗り物がすごく好きで気に入っていたのに、ろくに手入れもしないで粗く乗り回してしまった結果がこれなんだと申し訳ない気持ちになったので、それをクリーニンクしました。

そうしていたら、それなのに頑張って生きてきてくれたんだなぁという思いが沸き上がってきて、醜くなった自分の身体への感謝とか愛情がでてきました。
その気持ちもありがとう、愛してるでクリーニングしたら、もう醜いなんて全く思えなっていて、ただただ愛している大事な人がそこにいました。

身体をもっと大事にしてピカピカに磨いて、少しでも長持ちするように手入れしたいな、と思いました。