感情に蓋をしない
感情を否定しないこと、例えばそれが悲しみや苦しみ、不安や嫉妬などの所謂マイナスと言われるものであっても。
最近までのわたしは、ポジティブな思考は善、ネガティブな思想は悪、のように考えていました。
なので、なるべく嫌な思いがあってもそこから思考を外し、前向きな楽しいことを考えるようにしていました。
これは、「感情に蓋をする」という状態です。
閉じ込めた感情は、わたしという人に感じてもらうまで身体の中に待機していて、理由のない悲しさやモヤモヤ感、どこか満たされない感じ等になって訴え続けています。
でも、本来あらゆる感情に善悪はないんです。
あえて悪いとするならば、それを感じる自分を責めること。そんなことを感じる自分をダメな人間だと否定して、そしてオートマチックに連動して沸き上がる嫌な記憶や他人や状況に対する憎しみに溺れてしまうこと。
感情はただ感じるもの、感じて感じきってしまえば消化されるもの。
それは知っていても、ただ感じるって、どういうこと?
それが今、何となくだけど解るようになってきたので書いておきたいんです。
まずは、感じた感情に対して。
わたしは今、悲しいと感じているんだな、と客観的に第三者の視線で自分を観ること。
ここはメタ認知から学びました。
さて、この時の第三者なんですが、わたしの場合は自分が思う理想の母親や理想の恋人なんかになりきります。
ひたすらにわたしの幸せを願い愛している人を状況によって取っ替え引っ替え…頭の中は自由だからいいでしょ!?
そして、その理想の人になりきって悲しんでいる自分に対応してあげることにしています。
それでも悲しんでいる自分をうっかり責めそうになったとき、わたしの場合はとても可愛がっている姪がいるので、その子への愛情を思い出します。
あの子が嘘をついたり、人を悪く思ったり成績が悪かったりしたところで、どこまでも可愛い姪であることには変わりがない。
そして、本来は一番愛している他人以上に、自分を愛しているのだから、そのことをこの身体中で実感してみたい。
その為にはこうして書き記すことが、根拠はないのだけど良いように思った次第です。